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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)8328号 判決

原告 イスクラ産業株式会社

右代表者代表取締役 斎藤肇

右訴訟代理人弁護士 武田峯生

被告 有限会社かにや

右代表者代表取締役 中郷景樹

右訴訟代理人弁護士 窪田一夫

主文

一  被告は原告に対し、金五八万〇六四五円を支払え。

二  原告のその余の主位的請求を棄却する。

三  原告が被告に賃貸している別紙物件目録(一)記載の建物部分の賃料は、昭和五六年一月一日以降一か月金三七万五〇〇〇円であることを確認する。

四  原告のその余の予備的請求を棄却する。

五  訴訟費用はこれを七分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

六  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(主位的請求)

1 被告は原告に対し、別紙物件目録(一)記載の建物部分(以下、本件建物部分という。)を明渡し、かつ、昭和五六年一月末日から右明渡ずみまで一か月金四五万〇七五〇円の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行の宣言。

(予備的請求)

1 原告が被告に賃貸している本件建物部分の賃料は、昭和五六年一月一日以降一か月金四五万〇七五〇円であることを確認する。

2 被告は原告に対し、金一二〇二万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五六年七月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 第2項につき仮執行の宣言。

二  被告

(主位的請求及び予備的請求につき)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、別紙物件目録(一)に(一棟の建物の表示)として記載された建物(以下、新築建物という。)を建築完成した昭和五四年一一月以降、新築建物の一部である本件建物部分を敷金三〇〇万円、賃料月額金二七万五〇〇〇円の約で賃貸(以下、本件賃貸借という。)していた。

(二) 本件賃貸借についての事情を詳述すると、次のとおりである。

(1) 被告は、昭和五二年一〇月四日付で、訴外国際商事こと永田嘉昇(以下、永田嘉昇という。)から別紙物件目録(二)記載の建物部分(以下、旧建物部分といい、同目録に(一棟の建物の表示)として記載された建物を旧建物という。)を左記約定で賃借した。

(イ) 期間 昭和五二年一月一日より昭和五五年一二月末日

(ロ) 賃料 昭和五二年一月一日より同年三月末日までは月額金一七万五〇〇〇円、同年四月以降は月額金二七万五〇〇〇円

(ハ) 支払日 毎月二五日

(ニ) 敷金 金三〇〇万円

(ホ) 特記事項 本賃貸借契約は、存続期間、賃料額を改訂のうえ前賃貸人と被告間の昭和四三年四月二一日付賃貸借契約を更新承継したものである。

(2) 原告は、昭和五二年一〇月一五日、永田嘉昇から旧建物及びその敷地を買受け、同年一〇月二四日付で、同年一一月一日以降同人の旧建物部分についての賃貸人としての地位を承継することとなった。

(3) 原告は、昭和五三年春頃から、旧建物を取毀し、その敷地上に新築建物を建築する工事をなし、昭和五四年一一月一五日これを完成させた。

(4) 被告は、昭和五三年三月一〇日右建築工事に際し、原告に対し旧建物部分を明渡したが、その際原告被告間では、原告は、新築建物完成後被告に対し本件建物部分を旧建物部分の賃貸借期間満了日である昭和五五年一二月末日まで旧建物部分と同じ条件で賃貸する旨の合意がなされた。なお、原告被告間では、昭和五三年四月二七日東京簡易裁判所において、同裁判所昭和五三年(イ)第二七号につき右合意と同旨の内容を含む即決和解が成立した。また、被告は、新築建物完成後本件建物部分に入居し、「かにや」なる屋号で飲食店を経営している。

2(一)  原告は、昭和五五年一二月二〇日、被告に対し、本件建物部分の昭和五六年一月分以降の賃料を月額金四五万〇七五〇円に増額する旨の意思表示をして右金額による支払を求め、かつ、保証金を金一五〇二万五〇〇〇円とすることとし前記敷金の金三〇〇万円を差引いた金一二〇二万五〇〇〇円を追加保証金として支払うことを求めた。

(二) 右賃料増額請求及び追加保証金支払請求の理由は、次のとおりである。

(1) 本件建物部分は、旧建物部分より面積も広いうえ、新築の建物であるから、新規に賃貸する場合には、条件は賃料、保証金とも旧建物部分より高額になるはずであるが、前記のように原告が前賃貸人の地位を承継した経緯もあったので、原告被告間では、旧建物部分の本来の賃貸借期間満了日である昭和五五年一二月末日までは、賃料、敷金とも据置とし、昭和五六年一月以降については、前記即決和解により「……契約満了の昭和五五年一二月末にその時点における常識及び慣習の範囲で契約条件を相手方(原告)及び申立人(被告)協議のうえ取決め、同契約を更新するものとする」旨の合意がなされた。

すなわち、被告が新築の本件建物部分に入居する時点で、直ちに新規の賃料、保証金を定めることをしないかわりに、昭和五五年一二月末に、原告被告間でその時点における一般常識と慣習により賃料、保証金を取決めることにしたものであって、通常の契約更新を予定するものではない。

(2) 右賃料増額請求及び追加保証金支払請求時の、本件建物部分と類似する近隣の建物の賃料、保証金の例でいけば、本件建物部分の賃料は月額約金五四万円、保証金は約金二〇〇〇万円となるべきであったものであり、原告の各請求額は、右近隣の水準を下回るものであった。

また、右によれば、右請求時において原告被告間の従前賃料月額金二七万五〇〇〇円が近隣の建物賃料に比較して不相当となるに至っていたことが明らかである。

(3) ところで、被告は原告の右請求に対し、賃料、保証金とも従来の額の二割増額を認めたのみであったため、原告被告間に協議は調わなかった。

3(一)  借家法七条二項によれば、賃料の増額請求を受けた賃借人は、増額を正当とする裁判が確定するまで、賃貸人に対し、相当と認める賃料を支払う義務を負うところ、被告は、前記のとおり本件建物部分の賃料として従来の額を二割増額することまで認めているから、被告が相当と認める賃料は、月額で金二七万五〇〇〇円を二割増額した金三三万円ということになり、被告は原告に対し、昭和五六年一月以降毎月金三三万円を支払う義務がある。

(二) ところが、被告は原告に対し、昭和五六年一月以降本件建物部分の賃料として、毎月従来の賃料額である金二七万五〇〇〇円のみを提供(供託)し続けている。

(三) 従って、被告は原告に対し、債務の本旨に従った弁済の提供をしていないから、原告は被告に対し、昭和五六年七月二四日到達の本訴状をもって本件賃貸借を解除する旨の意思表示をした。

4  よって、原告は、主位的に被告に対し、本件賃貸借終了に基づき、本件建物部分を明渡し、かつ、昭和五六年一月末日から右明渡ずみまで一か月金四五万〇七五〇円の割合による金員(解除の日である昭和五六年七月二四日までは賃料、その翌日以降は賃料相当損害金)を支払うことを求める。

5  仮に、主位的請求が認められないとしても、2項記載のとおり、本件建物部分の賃料は、昭和五六年一月分以降月額金四五万〇七五〇円に増額されたものであり、また、被告は原告に対し、追加保証金として金一二〇二万五〇〇〇円を支払う義務を負うものである。

6  よって、原告は、予備的に、被告に対し、本件建物部分の賃料が昭和五六年一月一日以降一か月金四五万〇七五〇円であることの確認を求めるとともに、追加保証金一二〇二万五〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五六年七月二五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)、(二)1ないし(4)の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)(1) 同2(二)(1)のうち、本件建物部分の面積が旧建物部分のそれより広いこと及び原告被告間で原告主張の条項を含む即決和解が成立したことは認め、その余の主張は争う。

(2) 同2(二)(2)の主張は争う。

(3) 同2(二)(3)の事実は否認する。但し、被告は原告に対し、原告が納得するのであれば、従来の賃料及び敷金を二割増額してもよい旨の意思を表示したことはある。

3(一)  同3(一)の主張は争う。

(二) 同3(二)の事実は認める。

(三) 同3(三)のうち、被告が原告に対し債務の本旨に従った弁済の提供をしていないとの主張は争う。

4  同5の主張は争う。

三  抗弁

被告は、原告に対し、本件建物部分の昭和五六年一月分及び同年二月分の賃料として、それぞれ、被告が相当と認めた従前賃料金二七万五〇〇〇円を提供したが、受領を拒絶されたので、これを供託した。

被告は、同年三月分以降の賃料については従前賃料を原告に提供しても受領しないであろうということが明らかであったので、毎月従前賃料金二七万五〇〇〇円を供託している。

四  抗弁に対する認否

被告が、本件建物部分の昭和五六年一月分以降の賃料として毎月従前賃料金二七万五〇〇〇円を供託していることは認める。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(一)、(二)(1)ないし(4)の事実は当事者間に争いがない。

二  賃料増額請求の効果について

1  原告が昭和五五年一二月一〇日被告に対し、本件建物部分の昭和五六年一月分以降の賃料を月額金四五万〇七五〇円に増額する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、昭和五六年一月一日の時点において、本件建物部分の従前賃料月額金二七万五〇〇〇円は、本件建物の敷地の価格の上昇により、また、近隣の賃料と比較して不相当となるに至っていたことが認められる。

2  そこで、昭和五六年一月一日における本件建物部分の相当賃料額につき判断する。

(一)  まず、相当賃料額の判断に際し参考となるべき本件賃貸借の経緯をみておくと、《証拠省略》並びに前記争いのない事実を総合すれば、

被告は、昭和三〇年に永田嘉昇の前の賃貸人である第一建物との間に賃貸借契約を締結して以来、旧建物部分を賃借使用し、ここで飲食業を営んできたものであること、第一建物との右賃貸借契約は、永田嘉章が旧建物とその敷地を買受けたことに伴い、請求原因1(二)(1)の永田嘉章と被告間の昭和五二年一〇月四日付賃貸借契約に引き継がれたものであり、永田嘉章と被告間の右契約においては、賃貸借期間は昭和五二年一月一日から昭和五五年一二月末日まで、賃料は、昭和五二年三月末日までは月額金一七万五〇〇〇円、同年四月以降は金一〇万円を増額して月額金二七万五〇〇〇円とされ、右の増加率は五七パーセントであったこと、原告は、昭和五二年一〇月一五日永田嘉昇から旧建物と敷地を買受け、旧建物部分について同月二四日付で同人の被告に対する賃貸人の地位を承継したものであり、原告は当初旧建物を改装して使用しようとしたが、長期的にみると改装するより建替えた方が経済的であることがわかったので、旧建物全体を建替えることとし、同年一二月二七日被告との間に、右建替えを前提として、被告の旧建物部分の明渡し、建替え後の被告に対する本件建物部分の引渡、被告の一時移転に伴う引越し費用、営業補償、仮店舗入居の保証金等に関する合意をなしたこと、右合意において新築建物完成後の本件賃貸借の契約内容については、永田嘉章と被告間の前記昭和五二年一〇月四日付賃貸借契約にひとまず準拠し、期間満了となる昭和五五年一二月末の時点において、常識及び慣習の範囲で協議してその後の契約条件を取決め、契約を更新するものとされたこと、なお、原告と被告は、昭和五三年四月二七日東京簡易裁判所において、右の合意を内容とする即決和解をしたこと、新築建物は昭和五四年一一月に完成し、被告はそのころ本件建物部分に入居して賃借使用を開始し現在に至っていること、被告は昭和三〇年第一建物との賃貸借契約に際し敷金三〇〇万円を差入れたが、右敷金の関係は、永田嘉章との前記賃貸借を経て本件賃貸借に承継されていること、旧建物部分の床面積は九三・七六三平方メートル(二八・三七坪)であったのに対し本件建物部分のそれは九九・一六八平方メートルであること、原告は、昭和五五年一二月一〇日被告に対し、契約更新となる昭和五六年一月一日以降の契約条件として、賃料を月額金四五万〇七五〇円に増額し、保証金を前記敷金三〇〇万円を含めて金一五〇二万五〇〇〇円とすることを求め、その後この点に関し原告被告間で何回か交渉がもたれたが、被告が、賃料及び保証金とも、従来の額(保証金については従来は敷金)の二割増額までなら応ずると述べたのに対し、原告はこれを了承せず、結局協議は成立せず、原告は本訴提起に及んだものであること

以上の事実が認められる。

(二)  ところで、本件において相当賃料額の判断につき重要と思われる証拠としては、前記甲第五号証(三井不動産販売株式会社作成の不動産鑑定評価書)及び鑑定人小谷芳正の鑑定結果(以下、鑑定結果という。)が存在する。

しかし、右甲第五号証は、昭和五七年一一月二〇日の時点における本件建物部分の新規賃料を実質賃料で月額金五二万五六〇〇円と評定しているものであり、本件は継続賃料としての相当賃料額が問題となっているのであるから、右甲第五号証の結論をそのまま本件相当賃料額判断の資料とすることはできないといわねばならない。

次に、鑑定結果は、昭和五八年四月二七日の時点における本件建物部分の継続賃料を支払賃料で月額金四三万円と評定しているものである。

すなわち、鑑定結果は、賃貸事例比較法について、前記のような本件賃貸借の経緯に鑑み本件の賃料を比隣の賃料と単純に比較することは相当でないとしてこれを採用しないとしたうえ、利回り法により月額金五三万九四六二円、消費者物価スライド法により月額金四三万二三三四円、家賃指数スライド法により月額金四三万六九五〇円、差額配分法により月額金四〇万一一一四円とそれぞれ試算したが、利回り法は、継続賃料を求める本件の場合投下資本をそのまま賃料に反映させるものとして不適切であり、また、差額配分法は、賃貸借の目的物が旧建物部分から本件建物部分に代った点においてやや信頼性に欠けるとし、消費者物価スライド法及び家賃指数スライド法は、従前賃料額を基礎にして消費者物価指数又は家賃指数を乗じ必要経費の増加等をも考慮に入れたものであり本件に適切な手法であるとして、右各手法による試算賃料を重視し、前記のとおり月額金四三万円と評定したものであった。

なお、右の月額金四三万円との結論は、前記敷金三〇〇万円の運用益を考慮に入れたうえでの支払賃料である。

そこで、右鑑定結果につき検討すると、鑑定結果が賃貸事例比較法による試算を行なわず、最終的に消費者物価指数スライド法及び家賃指数スライド法による試算賃料を重視したこと自体は、格別不合理なこととは思われない。

しかし、消費者物価スライド法は、別表1のとおり、本件建物部分に対する減価償却費年額金一〇〇万七三四一円及び公租公課年額金二〇万八二九九円を全額被告の負担に帰せしめており、また、家賃スライド法は、別表2のとおり、本件建物部分に対する減価償却費及び公租公課と旧建物部分に対するそれらとの差額(減価償却費の差額だけで年額金六八万三一二四円である。)を全額被告に負担させているのであって、前記認定のように旧建物から新築建物への建替えが原告側の事情に基づくものであったことからすると、建替え後の第一回目の賃料改訂において、新築に伴う減価償却費及び公租公課の増加分を全額被告に負担させるのは、いささか被告に酷だと思われるのである。

また、鑑定結果である昭和五八年四月二七日の時点の月額金四三万円を本件で問題となる昭和五六年一月一日の時点に、別表3のとおり、時点遡及させると、月額金四〇万三四九〇円となるのであるが、これと従前賃料月額金二七万五〇〇〇円とを対比させると、金一二万八四九〇円の増額となり、増加率は四七パーセントであり、新築による原告の経費増、被告の収益増など原告に有利な事情を考慮に入れても、前記のような建替えの経緯からすると、これまた、新築後の第一回目の賃料改訂としては、増額の幅あるいは増加率がやや大き過ぎるものと考えられる。

そこで、当裁判所としては、鑑定結果及びこれに対する右に述べたような問題点並びに本件に顕われた諸般の事情を総合的に勘案して、昭和五六年一月一日時点の本件建物部分の相当賃料としては、従前賃料月額金二七万五〇〇〇円に金一〇万円を増額した(増額率三六パーセント)月額金三七万五〇〇〇円を相当と判断する。

そして、前記甲第五号証をもってしても右の判断を動かすことはできないというべきであるし、他にこれを左右するに足りる証拠も存しない。

3  よって、本件建物部分の賃料は、前記原告の賃料増額の意思表示により、昭和五六年一月一日以降月額金三七万五〇〇〇円に改訂されたこととなる。

三  本件賃貸借解除の主張(請求原因3)について

借家法七条二項に定める「相当ト認ムル家賃」とは、客観的な適正額ではなく、借主が自ら相当と認める金額(但し、従来の家賃より低額であってはならない。)と解すべきところ、被告が原告に対し、昭和五六年一月以降、本件建物部分の賃料として毎月従前賃料である金二七万五〇〇〇円を提供(供託)し続けていることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、右金二七万五〇〇〇円という金額は、賃借人である被告が自ら相当と認める金額であったと認めることができる。

たしかに、前認定のとおり、原告による前記賃料増額請求後の原告被告間の交渉において、被告は原告に対し、従来の額の二割増額までなら応ずると述べていたものであり、また、《証拠省略》によれば、被告は前記即決和解成立当時から常識的な賃料の値上りはやむをえないと思っていたと認められるが、右のような事情は、被告が内心において従前賃料額を相当と認めることと必ずしも矛盾するとはいえず、他に前記認定を覆えすに足りる証拠はない。

従って、被告は借家法七条二項の「相当ト認ムル家賃」を提供(供託)し続けているものということができるから、債務不履行を理由とする原告の本件賃貸借解除の主張は採用できない。

四  主位的請求についての結論

1  三で述べたとおり、原告の本件賃貸借解除の主張は採用できないものであるから、原告の主位的請求のうち、右解除を前提とする本件建物部分の明渡請求及び解除の日の翌日である昭和五六年七月二五日以降の賃料相当損害金の支払請求は失当である。

2  しかし、主位的請求のうち、昭和五六年一月末日から同年七月二四日までの本件建物部分の賃料の支払を求める部分(厳密にいうと、この部分は、本件予備的請求と両立しうる関係にあるから、本件予備的請求とは単純併合の関係にあるとみるべきである。)については、右解除の有効無効とは関係なく判断すべきものである。

そして、二で述べたとおり、原告は被告に対し、昭和五六年一月一日以降本件建物部分の賃料として毎月金三七万五〇〇〇円の支払を求めうることとなったものであるから、原告は被告に対し、昭和五六年一月末日から同年七月二四日までの本件建物部分の賃料債権として、別表4のとおり、金二一七万七四一九円の債権を取得したものである。

次に、抗弁のうち、被告が昭和五六年一月分以降の本件建物部分の賃料として毎月従前賃料金二七万五〇〇〇円を供託していることは当事者間に争いがなく、被告が右従前賃料を相当と認めていたことは前認定のとおりであり、《証拠省略》によれば、右事実を除くその余の抗弁事実を認めることができる。

そうすると、被告のなした右各供託は、各月分の賃料債権に対する弁済としての効力を生ずるものであり、右弁済供託額のうち、原告の前掲賃料債権の期間に対応する部分を計算すると、別表5のとおり、金一五九万六七七四円となる。

よって、原告の前記賃料支払請求は、被告に対し、昭和五六年一月末日から同年七月二四日までの本件建物部分の未払賃料債権として、前記金二一七万七四一九円から前記金一五九万六七七四円を差引いた金五八万〇六四五円の支払を求める限度で理由があり、その余は失当である。

五  予備的請求について

1  原告の賃料確認請求は、二で述べたとおりの理由により、被告に対し、本件建物部分の賃料が昭和五六年一月一日以降金三七万五〇〇〇円であることの確認を求める限度で理由があり、その余は失当である。

2  追加保証金支払請求について

たしかに、前記のとおり、原告と被告は昭和五二年一二月二七日、本件賃貸借の期間満了となる昭和五五年一二月末の時点において、常識及び慣習の範囲でその後の契約条件を双方協議のうえ取決め、契約を更新するものとする旨の合意をしたものであるが、前認定のとおり、原告と被告間においては、昭和五六年一月以降の賃料額及び追加保証金支払の問題につき、昭和五五年末以後何回か交渉がもたれたが、結局、協議が成立しなかったものである。

そして、原告と被告間の前記合意の趣旨は、契約条件につき両者間に協議が成立しなかった場合において、原告が右合意に基づき、直ちに、被告に対し保証金の追加支払請求をなしうることまで含むものとは、右合意の文言上も解することができないし、本件証拠上もそのように解することはできない。

また、本件のような場合において、賃借人が当然に追加保証金を支払わなければならないという慣習の存在を認めるに足りる証拠も存しない。

そうすると、原告の追加保証金支払請求は、請求を理由づける事実の主張立証を欠くものとして失当であるといわざるをえない。

六  以上のとおりであって、原告の主位的請求は、被告に対し、未払賃料債権金五八万〇六四五円の支払を求める限度でこれを認容し、その余はこれを棄却し、予備的請求は、被告に対し、本件建物部分の賃料が昭和五六年一月一日以降金三七万五〇〇〇円であることの確認を求める限度でこれを認容し、その余はこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中哲郎)

〈以下省略〉

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